先ほど、授業が終わりました。

そのとき、生徒さんからこんな言葉をいただきました。

「自信がついてきました」

リーディングも、少しずつ自分の力で読めるようになってきたご様子。

実は、前回の授業から2週間ほど間が空いていました。

つまり、その間は講師がいません。

一人で英語に向き合って、一人で考えて、一人で取り組んでいた。

そして今日、

「前より読めるようになっている」

ということを、ご本人が実感されたようなのです。

ふふふ。

これは嬉しいですね(笑)

「教えてもらえばできる」から「一人でもできる」へ

英語を勉強していると、いろいろな時期があります。

講師と一緒に取り組むことで、できるようになる時期。

ところが、講師から離れて一人でやってみると、

「あれ? 一人だとできないぞ」

となる時期もあります。

そこで、もう一度一緒に取り組む。

考え方を確認したり、やり方を修正したりして、

「よし。今度は一人でもできそうだ」

というところまで持っていく。

そして、また一人でやってみる。

そこで、

「あ、本当に一人でもできた」

となる。

ここまで来ると、少し違うんです。

「先生にできると言われた」でもなく、

「たまたま問題が解けた」でもなく、

自分自身が、自分のできることを確認している。

だから、自分の内側から自信が生まれてきます。

ここからは、やった分だけ積み上がっていく

今日の様子を見ていて、

「ああ、ここまで来たんだな」

と思いました。

もちろん、まだ勉強は続きます。

知らない単語も出てきますし、難しい英文にも出会います。

でも、英文を読むための土台ができて、自分で処理できるようになってくると、ここから先は読んだ量に比例して、少しずつ実力が積み上がっていきます。

スコアも、これからついてくるでしょう。

何より、ずっと抱えていたモヤモヤが晴れたような表情をされていたのが印象的でした。

そして、それを見ていた私も、なんだか嬉しい気持ちになりました。

そういえば、これが嬉しくて先生をやっていたんだ

教育の仕事を選ぶ人って、多かれ少なかれ、

「誰かの役に立てたら嬉しい」

という気持ちを持っているのではないでしょうか。

もちろん、私にもあります。

忘れ去ったわけではありません。

忘れ去ったわけではありません。

大事な事なので2回言いました(笑)

でも、日々授業をしていると、

「今はここを理解してもらわなければ」

「ここは曖昧なまま進んではいけない」

「今は楽しいことより、これを伝えることが大事」

そんなことを考える場面もたくさんあります。

それはそれで、講師として必要なことです。

ただ、忙しくなってくると、いつの間にか、

英語を教えることそのものが目的

になってしまう瞬間があります。

今日、生徒さんの嬉しそうな様子を見ながら、

「ああ、そうだった」

と思い出しました。

英語は、幸せを感じるための手段のひとつ

英語そのものが、人生の目的である必要はないんですよね。

英語が分かることそのものが喜びになる人もいる。

TOEICのスコアが上がって、進学や仕事につながる人もいる。

英語を使えることで、仕事の幅が広がったり、収入が増えたりする人もいる。

海外旅行がもっと楽しくなる人もいる。

以前には、ワーキングホリデーへ行く前に英語を勉強して、現地での生活を楽しめるようになった方もいました。

人によって、英語の先にあるものは違います。

だから、

英語は、幸せを感じるための手段のひとつ。

そのくらいでいいのかもしれません。

TOEICを教えていると、どうしてもスコアという数字を追いかけます。

もちろん、それも大切です。

でも、その数字の向こう側には、その人なりの「嬉しい」がある。

今日は久しぶりに、それを生徒さんから思い出させてもらったような気がします。

教えているつもりが、こちらが大切なことを思い出させてもらう。

そんな日もあるんですね。

感謝です。

そして何より、

「自信がついてきました」

その一言が聞けて、本当に嬉しい一日でした。